2023年04月

2023年04月15日

ハラがコレなんで、を、あの日観ていました‥

昨年の4月14日の午後母は死にました。

あの日、私は母の死が間近にあるとは思っていませんでした。

もちろん、1年?2年先?までとは思ってはいず
覚悟は充分していました。

4月14日のあの日
前日13日に録画した仲里依紗さん主演の映画「ハラがコレなんで」を
母が旅立とうとしている隣の部屋で私は見ていました。

妊娠9か月の身で恋人と別れ
その上所持金が乏しくなった仲里依紗さん演じる光子は
過疎化してしまった、幼少期を過ごした街に戻ります。

「粋」という生活観念と、人情の厚さを信条として
人々と関わりあっていく光子ですが
昭和2,30年代のおおらかな時代の出来事ならば
自然な流れとして捉える事が出来たと思うのですが‥

徐々に私の中で違和感が生じ、気持ち悪さを覚えながら見ました。

人との関わりを、クッション無しで直に相手を受け入れるため
傷つく事も多かったと思われる昭和の頃は
大胆且つ許容の範囲も広かったように思います。

粋を極めるには光子の刹那的な生き方は必須なのでしょうが
時代的背景を含めた人々の佇まいと
光子が発信する波動とが、融合できていない気がしました。

その上、光子の非日常的とも思える
独りよがりの部分が突出し過ぎて
どうしても人情コメディとして捉えることが出来ませんでした。


しかし、この物語の最後が‥
どうなったのか私は未だに観ていません‥


あの日、映画を観ている途中で‥なぜか‥
「はっ!?」っと我に返ったような感覚になり
慌てて5,6歩で行ける隣の部屋へ行きました。


数時間前の母の様子から鑑みて
亡くなる寸前の人間の意識があんなにはっきりして
穏やかなものだとは想っておらず、油断していたと思います。

今思えば、母は下血が続いて尋常ではなかったはず‥
この期に及んで、まだ何とかなると思っていた節がありました。

午前中には看護師さんと視線を交わしながら
清拭をしていただき、私の問いかけにも
しっかりと視線を合わせて頷いて返事をした母でした。

看護師さんが帰った後、大好きなアイスクリームを
ふた口、唇を湿らすように口にすると
「いい‥」と言い「もういいの‥?」と聞くと
「うん‥」と返事をした母でした。

「じゃぁ、ゆっくり休もうか‥」と私が掛布団を整えると
母はコックリと頷き目を細め、眠る体制に入りました。

私はホッとして、穏やかで平安な心持になっていました。
ちょうど昼食時で、大好物のビビンバを作り
それはそれは美味しく頂きながら
「ハラがコレなんで」を観ていたのです。

そんな気分に浸れる穏やかで静かな午後だったんです
あの日は‥‥






そんな事を一周忌に思いました‥





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wxy812 at 23:45|PermalinkComments(0)思うこと | 映画

2023年04月08日

映画「ロストケア」を観てきました


先日、TBSラジオを聞きながらガサガサと家事をしていましたら
その日のゲストが「ロストケア」という映画の監督さんでした。
お話を聞いて興味がわいたので、観てきました。

思った以上に観客が入った館内で「ロストケア」は始まりました。

4年間の在宅介護を経て昨年の4月に母を見送った私には
介護の場面はまだまだ生々しくて
思わず涙を流さないではいられない場面がありました。



テーマが重すぎて、映画を観終わった後
正直スッキリしないモヤーっとした心持ちになってしまいました。

在宅介護という制度は自宅に介護者が居住し
収入源がしっかり整っていればスムーズな制度なのだと思います。
又、全くの一人暮らしの人でも、ケアマネが状況を把握し
介護サービスを上手に組み立てればなんとかなる場合もあるようです。

認知症の人であれば、グループホームという手もあります‥
でも重度の認知症ですと‥どうなるのか‥‥

松山ケンイチさんが演じた、斯波宗典という人物は
介護士として働く中で事件を起こしていくのですが
介護士となる以前は別の職業に就く傍ら
父親の介護をしている時期がありました。
しかし父親の認知症が進むと日中一人にはしておけず
離職せざるを得なくなりました。

離職してからは、父親の年金と貯蓄を崩しながらの生活となります。
持ちこたえるだけの年金と貯蓄があればよかったのですが‥

とうとう三度のごはんにも事欠くようになってしまうのです。

役所で生活保護申請をしても、けんもほろろ
という扱いになり、「あなたが働けるでしょ」という
体温の無い答えしか返って来ないわけです。

認知症の父を看るために働けなくなったから申請したのに
想像力零の理不尽な言葉を言えてしまうのが悲しいです‥



こんな時、地域包括支援センターへ連絡したら
もしかしたら、少しでも改善の兆しは見えたかもしれません。

又は、町内の民生委員に相談するとか‥

私は、どうしても、周りに働きかける方向に
なぜ至らなかったのかということに想いが至ってしまいました。

でも、映画の中では描かれてはいなかったのですが
挙句の果ての生活保護申請だったのかもしれないですね‥

だとしたら救いようがないとしか言えないです。

特別養護老人ホームだって、場所によっては
申し込んでから2年も3年も待たないと入所できません。
しかも最近ハードルが上がり、介護認定3以上でないと申しこめません。

私事になるのですが
亡夫の実家を出てから3年程経ったある日‥
実家に戻り母と同居する私の元へ
「特養に入所できますがどうしますか?」
という趣旨の電話がありました。
何のことかピンとこなかったのですが
夫が亡くなった後、義母の介護認定を受けた際
ケアマネからの指南により、介護者である私の名前で
数か所の特別養護老人ホームへ申し込んでいたのを思い出しました。

しかしこの時、すでに義母はこの世にはいませんでした。


どちらにしても介護にまつわる事件はあとを絶ちません。

40人を超える高齢者を殺した斯波宗典が言った
「この社会には穴が空いている」という言葉は胸にズンときました。

人々は、潜在的に穴の存在は知っているはずです。

長澤まさみさんが演じた大友秀美という検事が
「人には見えるものと見えないものがあるのではなくて
見たいものと、見たくないものがあるのかもしれない」と
言った印象的な台詞があったのですが
安全地帯で日常を過ごす世間の人々は見ないようにしているだけで
感触ではわかっているはずなのです。



人々は介護による悲劇を、知らないはずはないのです。
制度に落ち度があるならば救援措置を
具体的に早急に整えるべきだと思うのですが‥

自身を育んでくれた親が年老いて弱ったら
出来る限り、和やかに介護をしてやりたいと思うのですが
何時終わるのかわからない介護は
希望を伴う小さな子供を育てる大変さとは異質なものです。

排泄物の臭いや体臭はついて回りますし
違和感のある行動もとりますし
介護者の都合の良いようには決してなりません。

ましてや、介護をしながら働きに出たり、子育てをしたり‥
「ふぅ~っ‥‥‥」と思わず出てしまう溜息が
とぐろのように自分の体に巻き付き離れなくなります。

だから‥斯波宗典に救われましたと言った人の気持ちはわかります。

あってはならない出来事だというのは十二分に承知です。

でも‥救われたと思う人がいるのも事実なのです。

私自身、こうやってブログを書いていますが
ごくごく近い未来の問題なので、年を重ねるのが怖くなります。

自己責任と言い放たれる世の中においては、準備万端を心掛け
安全地帯を目指し、クールに生き抜くほかないのでしょうか?
寂しいなぁ‥怖いなぁ‥危ういなぁ‥

私なんて崖っぷちですよ‥‥




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2023年04月05日

歩行者と同じ感覚で走っている?自転車‥

子供の頃、近所の自転車屋が貸自転車屋も営んでいて
そこの自転車を借りて乗った記憶はありますが
自転車に乗って彼方此方走り回るという
経験が私には全くありません。

不思議なことに、今思い返しても仲良しの友達や
近所の子供たちも、自転車に乗っている記憶がないんです。

交通の便が良く、学校も店も公園も友達の家も
全て徒歩圏内にありましたし、何よりも交通量の多い道路が
生活圏内を廻っていた事もあり
保護者が自転車を買い与えなかったのかもしれません。
当時は「交通戦争」という言葉も生まれていましたし‥


KIMG0483


そんな自転車事情の私は
過去に自転車に追突された経験が2度あります。

ある日、スーパーの袋を両手に下げながら狭い歩道を歩いていると
後ろから突然「ドスッ!」という具合に
自転車に追突されました。

追突というよりは2度共、当てられたというニュアンスに近いのですが
私がよろけている間に、相手は物凄いスピードで
颯のように逃げ去っていきました。

私の生活圏にある歩道などは、ただでさえ狭いのにも関わらず
語弊を承知で言うと、植栽が幅を利かせているので
ここに自転車がスピードを出して走ることになると益々歩きにくく
歩行者は桜を見上げてのんびりと歩くなんて事はできません。

KIMG2364

実はここ一週間程の間で、自電車がらみの出来事が2件ありました。

私の住む街には時季になりますと人々が集う桜の名所があり
郊外でもあることからソメイヨシノを筆頭に
あらゆる種類の桜を楽しむ事が出来ます。

買い物の行帰りに、通り抜けする公園の中にも7~8本の桜の木が
ここぞと言わんばかりに絶頂期の満開時期を迎えていました。

密度の濃い真っ青な空色と透明感のある淡い桜色のコントラストに
思わず見とれ、いい気持ちになって遊歩道を歩いていると
いきなり後ろから「ちっ!端を歩きなさいよ!」という
地の底から響いてきたような女性の声が…

驚いて振り返り端に寄ると、自転車に乗った70代位の女性が
「真ん中、歩かないでよ!」という捨て台詞を吐き散らし
サーっと通り抜けていったのです。

反射的に「ここ、車道じゃないのよ!」と私も言いましたが
あまりにもあっけにとられてしまい
呆然とした気持ちと驚きをもって家まで歩く私でした。


KIMG0973


もう一つの話も70代位の自転車に乗った女性の話なんですが
こちらもやはり、歩道を歩く私の後ろから走ってきました。

彼女は端を歩いていた私の体スレスレに
ど真ん中を走って追い抜いていきました。

思わず「あっぶないなー!もう!おばさん!」と
小声でつぶやき終わった途端
「ガッシャ―ン!!」と大きな音をたて
歩道と車道の境目の段差でバランスを崩し
女性は自転車もろともど派手にぶっ倒れてしまったのです。

あまりにもドンピシャだったので
まるで私が呪文を唱えて転ばせてしまったかのような
妙な気持ちになってしまいました。

私は慌てて駆け寄り、女性の腕を持って起き上がるのを手伝い
倒れた自転車を女性と一緒に持ちあげると
歩道と車道に散乱した買物の荷物を、自転車の籠へ運びました。

昨今、高値の十個入りの貴重な卵も見事に割れてしまっていました。
私に礼を言いながら、今度は自転車を押して帰路につく
女性の後ろ姿は、しょんぼりと悲しそうでした。

KIMG2035

自転車に乗らない私の目から見ると
自転車に乗っている人って、歩行者と同じ感覚で
歩道を走っているとしか思えないんですよね。

横断歩道はど真ん中を走り、歩道もど真ん中を走る
公園の中も降りることなく走るし
道路ではない駅前の広場も平気で走る
大人がそうだから、子供も同じように走ります。

しかも、「ここは道路ではありません。
自転車、バイクは降りて通行してください」という
大きな看板がいくつも立てかけてあっても知らんふりで
小さなお子さんを自転車の前後に座らせたお母さんさえも
看板の前を勢いよく走り去ります。

流石に、バイクが走るのは見たことはないですが‥

歩道を歩く歩行者が邪魔で仕方がないようですしねぇ‥
自転車って何なんだろう?

なんだか、ブツブツと言ってしまいました。






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wxy812 at 15:46|PermalinkComments(0)生活 | 思うこと

2023年04月03日

「PLAN75」を観て‥

漸く録画してあった映画「PLAN75」を観ました。

観終わった後、架空の出来事ではなく
今自分が生きているこの世界と地続きの出来事のようで
憂鬱な気持ちになってしまいました。

違和感なく観ることが出来てしまったのです。


世界に類を見ない程の勢いで超高齢社会となっている日本‥
その上、日本は超少子化の国でもあります。

今のまま進めば、若い世代、将来世代の負担は増す一方です。

高齢者は働けるだけ働いて自立し、偏っている高齢者給付等を見直し
少子化社会対策に関する施策を充実させねば
この先立ち行かなくなってしまうという事は
私にでさえわかります。

映画の中の世界では
高齢者問題で国の財政が圧迫される中
そのしわ寄せを受け、不満を爆発させた若者が
高齢者を襲撃するという事件が相次ぎます。

激しい反対運動が繰り広げられる中、政府は抜本的な対策を求められ
75歳以上の高齢者に自ら死を選ぶ権利を認め支援する法案
通称「PLAN75」が可決されます。



「PLAN75」とレタリングされ
まるで、新しい保険の加入でも勧誘するかのような
体のいい表紙のパンフレットを見ると
そのリアルさに思わずゾワッとしました。

選ぶ権利って何だろう?
催眠商法というのがありますが
あれだって自分で選んでひどい目にあってるわけです。
言葉を駆使したまやかしに気がつかなければ
取返しのつかない事になってしまいます。

私は、主人公の倍賞千恵子さんが演じる女性になって
観てしまっていました。

夫に先立たれ、子供がいない78歳の彼女は
パートをしながら一人暮らしをしていました。
しかし、アクシデントのとばっちりで職を追われたうえ
心置きなく付き合っていた仲の良い友人も失ってしまいます。

切羽詰まった事情や感情がある場合
誘われれば‥あらぬ方向へと行ってしまう心理は充分理解できます。

「PLAN75」の申請者に対する、役所での対応と共に

一人心細く、自身が持っていた残りの時間を
人工的に止めざるを得ない状況に至った高齢者達に対する施しは
人生最後の場であるのにもかかわらず
あまりにも事務的な流れ作業に終始し、まるで死体生産工場のようで
人の体温を微塵も感じ取ることは出来ませんでした。

ロボットのように感情を必要としない
決まり事だけを遂行する公の仕事の一環に過ぎないのかな‥

私は、いかにも‥と、この場面を一番リアルに感じ
日本のお役所仕事に、あるあるの場面だよなと思いました。

仕事だからと、感情を押し殺してまでする仕事なのかな?

しかも、「PLAN75」には、ホテルで一泊二日食事付き
素敵に撮って頂ける遺影写真付きで、家族に看取ってもらえる
民間コースもあるというのには参りました。



でも、この映画の最後、ギリギリのところで
覚醒する彼女を見てホッとしました。
体を流れている暖かな血の巡りに気が付いたのでしょう。

そして‥温度の無い施設を飛び出た彼女が目にした光景は
夕陽に架かる天使の梯子だったのです。

救いを感じる場面でしたが
私は彼女のその後の事を心配してしまうのです。
しかし‥皮肉なことに、やはり頼るのは公の機関なのでしょうね‥

生活保護を申請してもらいたいと心底思います。
そして、お迎えが来るまで堂々と生きて
「リンゴの木の下で」を楽しく何回でも歌って欲しいです。

「リンゴの木の下で、明日又会いましょう
黄昏 赤い夕陽 西に沈む頃に‥‥‥‥」と‥

生きる権利をもう一度しっかりと、仰ぎ見てもらいたいです。




無きにしも非ずの映画だったなぁと思いました。





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