伊勢佐木町

2024年08月20日

あの時のビルが今人気のロケ現場に



テレビで「野毛都橋商店街ビル」の映像を目にした時は
「あ!ほら!あそこだ、あの建物だ!野毛の都橋の!」と
驚いて家族と一緒に見入りました。

あれからもう随分経ちますが
ドラマや映画はもちろんCMにも映り込んでいます。

最近では昨年放送の「ONE DAY~聖夜のから騒ぎ~」で
二宮君が捜査員に追われるシーンで映っていました。


あの場所で、あの形状の建物の中に
ずらーっとバーやスナックなどが並んでいれば目立ちますし
佇まいが絵になるというか
いまやモニュメントのような存在感さえ漂っています‥‥
https://www.noge-miyakobashi.com/

「野毛都橋商店街ビル」は横浜の歴史的資産として
2016年12月横浜歴史的建造物に登録されたのち
2017年9月から公益社団法人 
横浜市歴史資産調査会の所有・管理となっているそうです。


今では話題の建造物となっている同ビルですが
出来たばかりの頃はもちろんそんな趣はありませんでした。

私は小学校2~3年生の頃‥(正直に言ってしまいますと‥
60年程前の事になってしまうのですがうっそー!
横浜の鶴見区から野毛に隣接する街へ越してきました。

自宅から野毛までは歩いて十数分
伊勢佐木町まで17~8分位だったでしょうか‥

当時、野毛の街は道路の両側に
露天商が設営したカーキ色のテントが所せましと並んでいました。
商店街なので、各商店の鼻先にテントは並んいましたが
持ちつ持たれつという感じで商売していたのでしょうね‥
https://bokatai.blogspot.com/2013/12/blog-post.htm ...


私は父親に連れられ野毛には良く行きました。
休日となりますと大層な賑わいを見せていました。

買い物好きな父はテントの中を覗きながら渡り歩き
バンドや革製品の小物を値切って購入していた記憶があります。
当時は店先で大人達が値切る姿をよく目にしていましたので
値切る行為は当然の事のように思っていました。
「参ったなぁ旦那さんには‥ハハハ!‥じゃぁこれで‥」
という調子でまけてくれるのです。

野毛は賑わいと活気があり楽しい街でした。
https://nogehondoorikai.com/


ところがオリンピック開催に当たり街の美観向上と道路整備と言う事で
都橋際の大岡川沿いに商店街ビルを建て
そこへ露天商が移るという噂を聞いて間もなく
あっと言う間に野毛の露店はきれいさっぱり無くなりました。

それからの野毛の街は活気が無くなり、間が抜けたようになりました。

暫くして父と新しいコンクリートの匂いのする都橋際の
横に長ーい2階建ての建物の中に入りましたが
お客さんはほとんど見当たりません。
2階へ上がると長い廊下が見渡せるような状態で閑散としていました。

2階の階段脇の店を見ると
顔なじみのかつての露天商の店主が
沈んだ表情で、とぐろを巻いている様子が見えました。

その後も何回か行った記憶はありますが
露店の時のような賑わいはウソのように消えてなくなりました。
テントの中を覗くワクワク感もなく
なんだかつまらない空間になっていました。

子供心にもどこか納得いかず
野毛の街を通るたび、物足りなさと寂しさを感じました。

高校を卒業する頃まで界隈に住んでいましたが
その後、横浜北部へ引っ越ししてから
野毛や伊勢佐木町あたりからは足が遠のいてしまいました。

そして今、あの横に長ーいビルが
息を吹き返して活気づいている様子をテレビ等で見ると
色々な想いが廻ってきます。






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wxy812 at 18:36|PermalinkComments(0)

2019年05月17日

ヨコハマメリーさん

先日横浜にある映画館ジャック&ベティーの上映予定を見ていたら
「ヨコハマメリー」という文字が目に飛び込んできました。

上映するわけではないのですが「ヨコハマメリー」の監督である
中村高寛さんの企画を紹介する文面に書かれていたのです。

30歳以上の方で横浜で生活をしていた人なら
知っている人は多いと思うのですが

いわゆる白い洋装の貴婦人のような出で立ち
お顔も白塗りに近い状態で
伊勢佐木町界隈や横浜駅周辺に現れる女性がいたのです。


私はいつの頃からかはっきりしませんが
よく見かけていました。

誰から聞いたのか覚えはないのですが
外人さん相手の娼婦だということが
まことしやかに囁かれておりました。
それは多くの人が知っていることでした。

まだ小さかった息子を連れ横浜駅界隈を歩いていると
白装束のメリーさんが高島屋へ入ったのを見かけました。
多分それがメリーさんを見た最後だったと記憶しています。
それ以降ぷっつりと見かけなくなりました。

すっかり忘れかけていた頃
横浜出身の女優五大路子さんが「横浜ローザ」という
メリーさんをモデルにした芝居を演じるようになりました。
その後も本が出版されたり、ドキュメンタリー映画になったりと
俄に「メリー」さんがクローズアップされるようになったのです。

あとから知ったのですが
私が最後に見かけてしばらくして
「メリー」さんは岡山の老人ホームへ入り
その後2005年に84歳の生涯を終えたそうです。

生きた時代と横浜という土地柄が都市伝説のような
謎のメリーさんを作りあげていったような気もします。

メリーさんにはメリーさんの成り行きと事情があったでしょう。
そして何より生き抜くという想いがメリーさんを
貫いていたのだと思います。

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wxy812 at 21:38|PermalinkComments(0)

2019年01月08日

夢中で観た映画「ミクロの決死圏」

私の生まれた頃はテレビの放送が始まったばかりで
各家庭の中にテレビが存在する様子なんて
想像出来ない状態だったと思います。

街頭テレビを群衆が囲んで観ていた時代ですものね。

この頃は映画が全盛期で
横浜の下町で育った私は母の背中で
映画を観ていた記憶が微かにあります。

人々にとって映画は最高の娯楽だったのでしょうね。
当時は時代劇が盛んだったようでして
親が言うには私は高田浩吉さんが大のお気に入りでして
スクリーンに浩吉さんが登場しますと
母の背中におぶさった私は手足をばたつかせ「タカダコウチキー
と大騒ぎになり辟易したと言う話を何十回も聞きました。

テレビが普及した後も
映画はしばらく生活の中にしっかり息づいていました。
生まれ育った地域には小さな映画館が何件か存在しておりました。


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今思えば小学生の頃
7~80円位で二本立て三本立ての映画を観る
ことを普通にしていました。

小学6年生の頃友達数人と
横浜伊勢佐木町の洋画専門の小さな映画館で
「ミクロの決死圏」という映画を観たのですが
今でも面白さを覚えています。
病に倒れた人間の体内へミクロ化した医療チームを注入し
治療し救おうとする話です。
しかも一時間というタイムリミットがあり
ハラハラドキドキしながら観た覚えがあります。
ファンタジー要素やサスペンス要素もあり夢中で観てました。

あれから50年以上たってしまいましたがな奥様

まあそんな話です。
思い出してビックリしちゃった

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wxy812 at 08:37|PermalinkComments(0)